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キリストの香り 心のふる里        日本キリスト教団 香里教会

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 (マタイ 11:28)

復活節第6主日礼拝 

2019年5月26日 使徒言行録、第9章 10節-22節
「主イエスの器として」三ツ本武仁牧師

 私たちは今使徒言行録を読み進めていまして、ついにサウロ、のちのパウロという人が、イエスさまを信じない者から信じる者へ、教会の迫害者から伝道者へと、驚くべき大転換をとげる、その、サウロの回心と呼ばれる場面にさしかかっています。彼は、そのことによって、教会の発展に、そしてまた、世界の歴史に大変、大きな影響を与えたのです。新約聖書の著者の一人ともなったのです。けれども、私は、この度、改めてこのサウロの回心について黙想しながら、これは難しいなあ、といろいろと思わされています。

 その1つは、サウロがもともとは教会の迫害者であった、ということ、このことは、やはり、今の私たちにとって、大きなつまずきだと思うのです。迫害というのは暴力です。これは、ですから単に、神さまを、そしてイエス・キリストを信じない者から、信じる者へ変わった、というだけの問題ではありません。単に今の日本で、仏教徒からキリスト教徒に変わったということではないのです。暴力的に、教会を否定し、イエス・キリストを否定していた人が、全く変わって、教会の大切さを主張し、イエス・キリストを伝道する者になったのです。そうやってサウロが、クリスチャンになったことは、確かに素晴らしいことですけれども、裏を返せば、サウロは、もともと暴力をふるってでも、自分の信仰をつらぬこうとした人であった、そういう人が、最初の教会の発展に、大きな影響をもたらした人であった、ということです。これはやはり、現代の世の中では難しい問題をはらんでいると思います。

ただし、このことは、さらに考えてみますと、教会の交わりというのは、やはり、人間の価値観による交わりではない、あくまでも神の招きによる交わりなのだ、ということが、示されているといえます。聖書は、教会は罪人の交わりである、といいます。それは、もちろん、教会の人だけが罪人だということではなくて、世の中のすべての人は、神から離れた罪人だ、ということなのですけれども、しかし、その罪人である人間が、イエスさまを通して、その罪をはっきりと示される中でこそ、同時に、その赦しにあずかり、本当の意味で、新しく生きるものとなされていく、本当の喜びが与えられていく、それが教会の交わりなのです。

と、他にもいろいろと、サウロと自分は、また自分たちは、もともと違うなあ、という、そういう難しさを、感じさせられているのですけれども、それでも、やはり、今日神さまは、このサウロの回心から、きっと、わたしに、またわたしたちに新しい何か示してくださる、そのことを信じて、みなさんと、この聖書の中でもとりわけ重要な出来事を味わっていきたいと思うのです。

そこでそのサウロの回心ですけれども、前回読みました、9章の前半にありましたように、サウロが、はるばるダマスコにまで迫害の手を伸ばそうとして道を急いでいた時、天からの光に打たれ、その光の中から、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と語りかける声を聞いたのです。彼が「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」という答えがありました。これは彼にとって、まさに天地がひっくり返るような体験でした。彼がこれまで神様の敵として激しく憎んできたイエスが、生ける神として語りかけて来たのです。

彼がこれまで確信を持ち、これこそ正しい、神様に従う信仰者の生き方だと思って熱心に励んでいたことが、実は神様に従うどころか、激しく敵対することに他ならなかったことを思い知らされたのです。このことによって、彼は地に打ち倒され、目が見えなくなってしまいました。深い淵、暗闇に陥り、何も見えなくなり、この先どう生きていったらよいのか、わからなくなってしまったのです。9節に、人々に手を引かれてダマスコに入ったサウロが、三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかったとあります。三日の間彼は、深い闇に閉ざされ、飲み食いもできずにいたのです。

サウロの回心はこの体験から始まりました。後の大伝道者パウロの出発点は、この深い闇に閉ざされた体験だったのです。このことを私たちはしっかりと心に留めておきたいと思います。サウロは、今、生きて、自分に働きかけてこられる主なる神と出会ったわけですが、その方が、自分がいま迫害している者たちが救い主だと信じる、イエス・キリストだと、そういうショッキングなことを知らされて、目が見えなくなってしまった、深い闇に閉ざされてしまったのです。

自分の思いで、これが正しいと信じて、自分にはそれが見えていると信じて、熱心にそれに向かって生きていく、当初のサウロの信仰というのは、そういう、いわば自分中心の信仰でした。けれども、まことの信仰とは、そういう信仰ではないのです。熱心に神を求めることは良いことですけれども、そういう私たちの求める心が、そのまままことの信仰に行き着くのではない、ということです。自分中心の信仰が、イエスさまとの出会いによって打ち砕かれる、それが大事なのです。打ち砕かれ、深い闇を経験する、その闇で、ほんとうの信仰が神様によって与えられていく、そのことを、このサウロの体験は物語っているのではないでしょうか?

穴に落ちたものにしか見えない美しい景色がある、といいます。穴に落ちたことを嘆くのではなく、むしろ、その体験は、この美しい景色を見せるために、恵み与えられたものだと知ること、そこに新しい人生が開かれていくのではないでしょうか?

 本日読みました、詩篇交読の箇所は、第130編でした。深い淵の底から主なる神様に呼ばわり、罪の赦しを願うこの詩人の叫びは、目が見えず、食べも飲みもしなかったあの三日間のサウロの思いと重なると思うのです。その3節に、「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら、主よ、誰が耐ええましょう」とあります。サウロが、生ける主イエスとの出会いによって体験したのはこのことです。自分の罪は、もはや自分では償い切れない、それほどに大きい、神さまがそれを数え上げられるなら、もはや自分は生きることは到底、赦されない、そういう厳しい現実に、彼は直面したのです。深い穴に落ちたのです。
 
しかし、そこでこそ、彼は、同時に希望の光を見ることが許されたのです。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と語られたイエスさまは、それに続いて、「起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」とお語りになったのです。ダマスコの町において、なすべきことが知らされる。あなたには、なお、なすべきことがある。・・・このイエスさまのお言葉は、自分の罪に苦しみ、深い闇の淵に陥ったサウロに、一筋の光を与えるものでした。もはや、滅びるしかない自分が、なお新たに生かされる、罪を赦されて新しくされる、その希望が示されたのです。彼は、そのみ言葉に従ってダマスコに入り、そして「なすべきことが知らされる」のをひたすら待っていたのです。

11節には、イエスさまがアナニアという弟子に現れ、サウロのもとを訪ねるようにお命じになったことが語られています。そこに、「今、彼は祈っている」とあります。サウロは今祈っている。サウロは、何を祈っていたのでしょうか。その祈りも、さきほどの詩編130編の詩人の祈りに、ヒントがあると思います。「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら、主よ、誰が耐ええましょう。」と、そのように自分の罪を告白した詩人は、そのあとで、「わたしは主に望みをおき、わたしの魂は望みをおき、御言葉を待ち望みます」と祈っています。サウロも、同じような思いで、目の見えない、先の見えない闇の中で、主のみ言葉を待ち望んで、祈っていたのです。私たちも、先の見えない状況や、また、自分のなすべきことがわからない、悩みに直面したとき、何よりも、主の祈ってみ言葉を待ち望む、そのことを大切にしたいのです。

 本日の個所は、そのように祈っているサウロのもとに、イエスさまによって、アナニアという人が遣わされて、その出会いの中で、サウロがもう一度見えるようになり、イエスさまを信じる者として、そして、さらにはイエス・キリストの伝道者として、新しく立てられていったことが語られています。ここで注目すべきことの1つは、これ以降、サウロに語りかけるのは、直接イエスさまがなされるのではなくて、アナニアを通して、なされていく、ということです。イエスさまがサウロに言われた、「あなたのなすべきこと」は、イエスさまから直接にではなく、アナニアを通してサウロに知らされたのです。

アナニアは、ダマスコの町にいたイエスさまを信じる、信仰者でした。既にダマスコにも、イエスさまを信じる者たちの群れ、教会があったのです。アナニアはその一員でした。彼はそのダマスコの教会の代表として、サウロのもとに遣わされたのです。アナニアは、自分が受けたイエスさまのみ言葉をサウロに伝え、サウロの上に手を置いて、聖霊に満たされるようにと祈り、そしてサウロに洗礼を授けたのです。

つまり、アナニアを通して、サウロは洗礼を受け、教会に加えられたのです。アナニアがサウロにしたこと、それは思えば、今のわたしたちの教会もしていることです。私たちも教会の礼拝の中で、み言葉を伝え、聖霊を求めて祈り、そして受洗志願者に洗礼を授けています。一人深い闇の中で祈っていたサウロは、教会の礼拝の中で、イエスさまの恵みのみ心を示され、罪の赦しにあずかる洗礼を受け、新しく歩み出したのです。そのさい、彼の目から「うろこ」のようなものが落ちて、元どおり見えるようになったといいます。「目からうろこが落ちる」という有名な諺は、この聖書の出来事から来ています。そのことは、今言いましたように、教会の礼拝の中で起こったのです。

サウロの回心は、このように、教会に礼拝の中で、達せられました。その始まりは、サウロへの、イエスさまご自身の直接的な、霊的な働きかけでした。しかし、最後は、イエスさまは、教会において、教会に連なる人を通して、間接的に彼に働きかけ、彼の罪を赦し、新しい使命をお与えになったのです。ここにも、サウロの回心における大事なことが示されています。つまり、彼の回心は、彼一人の中で与えられたものではない、ということです。そうではく、彼の回心は、教会において、教会の礼拝においてこそ起るのです。「目からうろこが落ちる」ことを私たちが本当に体験するのは、教会の礼拝においてなのです。

 香里教会は今年、記念すべき創立70周年を迎えたわけですが、先日の木曜集会の中で、ある方が、そのことを祈りの中で触れられて、香里教会が70年間、礼拝を欠かさずにささげてきたことを感謝されていて、感動いたしました。香里教会がこの70年でしてきた最大のことは、欠かさず礼拝をささげてきたことなのです。もちろん、私たち一人一人はその限られた人生の中で、そのすべてに参加してきたわけではない、また個人的に、様々な事情で礼拝を休むことはあったでしょう。しかし、このキリストのからだなる教会は、その最初から、一人一人バトンを託しながら、礼拝をずっと守ってきたのです。そこで70周年に、香里教会では、夕礼拝をはじめました。それは見方によれば小さな、頼りない働きかもしれません。けれども、なぜ礼拝をするのか、それはやはり礼拝こそが、教会の命であり、人を回心へと導き、まことの信仰へと導き、その人に新しい命を吹き込むものであるからなのです。

 さて、目からうろこが落ちて、サウロは再び見えるようになりました。それはただ視力が戻ったという話ではありません。目からうろこが落ちることによって、人は変えられるのです。新しくなるのです。サウロはどのように変えられたのでしょうか。教会を迫害する者から教会の伝道者になった、確かにそうです。しかし、それはある意味で、表面的な変化にすぎません。彼はもっと根本的なことが変えられたのです。

教会を迫害していた時のサウロは、自分の信じるところに従って、熱心に、情熱を注いで生きていました。そのサウロが、イエスさまとの出会いによって新しくされました。それは、今度は正反対のことを熱心にするようになった、ということではなくて、いまやサウロは、自分の熱心さによって生きるのをやめた、ということなのです。

 それは一体どういうことでしょうか。イエスさまに与えられた使命に生きるサウロの姿を端的に表わしているのが、15節の終わりにある、「器」という言葉です。イエスさまはサウロを御自分の「器」として選ばれたのです。器は、それ自身に価値があったり、それ自身の意志で動いたりするものではありません。持ち主が、そこに何を注ぐかによって、その価値は決まり、また用途も決まるのです。もちろん、世の中には、そのものが大変高価だったりする器もあります。しかし、サウロの場合は、イエスさまを迫害していた者なのですから、その意味では、むしろ打ち壊され、捨てられてしまっても仕方のない無価値な器だといえるでしょう。しかし、イエスさまは、そのサウロという器を用いて、み名を人々に告げ広めようとしておられるのです。

ですから、どんなひどい器であっても、イエスさまに自分を器として差し出し、イエスさまは十分にその器を用いてくださる、そのことを全ての者に示すためにこそ、サウロは選ばれえたのです。サウロは、主イエスに用いられる器になったのです。自分の信念に基づき、自分中心の、自分の熱心さによって生きる者から、主イエスに用いられる器になった、それがここでサウロに起ったことです。彼の目からうろこが落ちて、目が見えるようになって、新しく見えてきたのは、本当に神様に従って生きるとは、つまり本当の信仰とは、自分の信念によって熱心に生きることではなくて、神様の、主イエスの器として、用いられるままに生きることなのだという真理だったのです。

 それからイエスさまは16節で、「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう」と言っておられます。サウロの、パウロの伝道者としての歩みは、イエスさまのみ名のために多くの苦しみを受ける歩みでした。自分の熱心さによって生きていた時の彼は、苦しみを受けるのではなく、教会の人々を苦しめてきたのです。しかし、イエスさまの器となった彼は、もはやそのように人を苦しめるのではなく、自分が苦しみを受ける者となりました。ここにも本当の信仰の大切な判断基準が示されていると思います。つまり、最初のサウロのような、自分の信仰のために、人々を苦しめるような生き方は、本当の信仰ではない、ということです。そうではなく、むしろ、わたしたちの信仰は、苦しみを自ら引き受けていく、そういうかたちでなされていく信仰なのだ、ということです。イエスさまが、救いを約束してくださっているのですから、その意味で私たちは、安心して、この世にあって、苦しみを担っていくことができるのです。

 ・・・サウロはイエスさまの派遣によってこのように変えられ、新しく生かされました。けれども、その同じことが、サウロのもとに派遣されたアナニアにも、また彼によって代表されるダマスコの教会にも起っていった、そのことも見落としてはならないと思うのです。イエスさまが、アナニアに、幻の中で語りかけ、サウロのところへ行って手を置き、目を見えるようにするようにお命じになった時、アナニアはそれに抵抗しました。13節、14節です。「しかし、アナニアは答えた。『主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています』」。・・・その通りです。サウロは、イエスさまの教会にとって、恐ろしい敵だったのです。せっかく打ちのめされ、目が見えなくなっているサウロを癒すなど、とんでもない、このアナニアの気持ちはよく分かるのではないでしょうか?

しかし、イエスさまはアナニアに、それでも彼のもとへ「行け」とお命じになるのです。彼をサウロのもとに派遣なさるのです。アナニアはそのイエスさまのみ言葉に従って、出かけます。つまり、アナニアも、ここで、自分の思い、確信によって歩むことをやめ、主イエスの器となったのではないでしょうか。つまり、ここでの回心は、実はサウロだけの話ではない、ということです。サウロを中心に、教会全体の回心がここに起こったのです。アナニアが、そしてダマスコの教会が、自分の信念や考えによって生きるのでなく、主イエスに用いられる器となった、そのことによって、主イエスのみ名が、その福音が、全世界に広がっていったのです。
私たちが、教会が、主イエスから与えられた使命を、なすべきことを、しっかりと果たしていくために必要なのは、私たち一人一人が、主イエスの器となることです。その時に、イエスさまは、私たちを用いて大きなみ業を行って下さるのです。私たちはそれぞれ、まことに祖末な、ちっぽけな、無価値な、ひびの入った土の器です。しかし主イエス・キリストが私たちを選んで、教会へと呼び集めて下さったのです。主イエスはどのような器をもお用いになることができます。器が、器に徹していく時に、イエスさまは、それを、私たちを、豊かに用いて下さるのです。お祈りいたしましょう。

主なる神さま サウロ、のちのパウロという人は、知れば知るほど、私たちとは違う、いろいろな意味でかけ離れた人物に思えてきます。けれども、そのサウロが、あなたの御子イエスの器になることに徹していった、そこに真実を見出していった、アナニアもそうであった、アナニアも、自分の思いを超えて、主イエスに自分を器として差し出していった、そこに大きな、あなたの伝道がならさていった、その事実を思い、感謝いたします、私たちは、まことに小さな、弱い、ひびだらけの土の器でありますが、主よ、あなたがその内に命をふき入れ、あなたのために用いてください。主のみ名によっていのります。アーメン
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category: 礼拝メッセージ

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復活節第4主日礼拝 

2019年5月12日 使徒言行録、第8章 26節-40節
「喜びにあふれて」三ツ本武仁牧師

 本日ご一緒に読む聖書の箇所は、使徒言行録第8章26節以下です。この第8章では、フィリポという人の伝道の様子が語られています。フィリポはステファノと共に教会の新たな奉仕者として選ばれ任命されました。彼は、ステファノが殉教の死を遂げた後、その迫害から逃げながら、サマリアの町で伝道をしていったのです。そのフィリポに、主の天使が語りかけ、彼を新たな伝道へと導いていきました。エルサレムからガザへと南へ下る寂しい道を行けというのです。そこで彼は一人のエチオピア人に出会いました。天使はフィリポをその人と出会わせるためにこの道に導いたのです。

 これは私たち一人ひとりの人生にも言えることではないでしょうか? 私たちは誰かと出会うために生まれてきたのです。それは、いまの家族であり、友人であり、仕事や地域で出会う方々かもしれません。しかし、このことをさらに一歩踏み込んで、クリスチャンである私たちの人生は、その出会いの中で、自分の信仰を証しし、イエスさまを伝える使命がある、ということなのです。ぼーといきてんじゃねえよ、という言葉が昨年の流行語になりましたけれども、私たちもぼーとしていますと、つい、この神さまから託された使命を忘れてしまいます。出会いの中でイエスさまを伝え証しすること、それは無理にするのではなくてそういうチャンスを、神さまが与えてくださる時があるのです、その時に、さっと伝道する。ある意味で、他のことではいくらでもぼーとしていていいと思いますが、このことには、私たちは、しっかりと目を覚ましていたいのです。

さてこのフィリポの出会ったエチオピア人については、27節で、「エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していたエチオピア人の宦官」と語られています。この人は女王様の全財産の管理を任されるほどの高官、政府の最高の地位にいる人だったのです。宦官というのは、中国の歴史などにもよく出てきますが、王が、ある有能な男性を、去勢して、女王や、王の周囲の女性たちに仕えさせる、ということがあったのです。それが宦官と呼ばれる人々です。去勢され、男性としての機能を失っている、それゆえに、安心され、信頼されて、そういう国家の中枢に関わる大切な働きを委ねられたわけです。私たちからすると、ちょっとぞっとする怖い話ですけれども、当時の世界の常識として、そういうことがあったわけです。

そういうエチオピア人の宦官が、27節の終わりから28節によると、「エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた」といいます。彼は、エルサレムに礼拝に来たのです。エチオピアという国はどこにあるか、ご存知でしょうか、北アフリカの東にある国です。そこからエルサレムへの旅ですから、当時としてはかなり大変なことです。行って帰るのに何か月も、ひょっとしたら一年以上かかったかもしれません。この人は、そんな大変な旅をしても、おそらく女王に休みをもらって、わざわざエルサレムの神殿に詣でて、礼拝をしようと思ったのです。

いったいなぜ、彼は、そんな大変な思いまでして、エルサレムにまで行こうと思ったのでしょうか? 当時エチオピアにはどのような宗教があったか、詳しくはわかりませんが、何らかの信仰があったことと思います。そして、彼の国ならではの宗教儀式があったはずです。偶像をまつる宗教があったはずです。あるいは、王さまを神とする信仰があったはずです。しかし、この宦官は、ふと、そういう宗教に対して、何か違う、というものを感じたのでしょう。そして、また、誰かから、ユダヤ人の信じる、目に見えない、万物の創造主なる神について聞く機会があったのかもしれません。そういう不思議な導きの中で、ぜひ一度、エルサレムへ行って、ほんとうの神様を礼拝したいと思ったのではないでしょうか。
けれども、そのような必死な思いで、また誠実な純粋な思いでエルサレムの神殿に来た彼であったわけですが、そのエルサレム神殿で彼が体験したことは、ある厳しい現実、厳しい隔ての壁であった、そのことが推測されるのです。

まず第一に、彼が、目の当たりにしたのは、ユダヤ人ではない、外国人、異邦人に対する壁であったと思われます。実際、異邦人がエルサレムの神殿で礼拝をしようとする時、そこには大きな隔ての壁がありました。当時のエルサレム神殿は、ヘロデ大王が大改築をほどこした壮麗なものでしたが、その周囲には、回廊をめぐらした広い庭があり、それが「異邦人の庭」と呼ばれていました。異邦人は、この庭までしか入ることができなかったのです。ちなみに、この庭からもう一つ中に入ったところに、ユダヤ人の女性がそこまでは入ることができる「婦人の庭」があり、さらにその内側にユダヤ人男子のみが入れるところがあります。神殿の本殿と言うか、聖所などはその中にあったのです。ですから、異邦人である彼は、どんなに身分の高い金持ちで、またはるばる遠くから旅をしてきた者であっても、神殿の中心からは幾重にも隔てられた外側からしか礼拝をすることができなかったのです。

しかし、実は、それ以上に大きな問題、隔ての壁に、彼は直面したと思われます。それは、先ほど申しましたように、彼は宦官であったわけですが、ユダヤの律法には、宦官は仲間に加わることはできない、とあったことです。旧約聖書の申命記という書物の23章にそのことが記されているのです。彼はきっと、そのことを、エルサレム神殿の異邦人の庭で、知らされたのではないでしょうか? それは彼にとって大変ショックなことであったと思われます。彼は愕然としたと思うのです。

けれども、たとえそうであっても、彼の中には、主なる神さまこそ、ほんとうに信ずるに値する方だと、そういう思いがあって、それはますます深まっていったようです。その証拠に、彼は、いよいよエルサレムを離れるに当って、自分の財産を注ぎ込んで、あるものを買ったのです。それは何でしょうか? 28節を見ますと「彼は、馬車に乗って、預言者イザヤの書を朗読していた」とあります。つまり、彼はエルサレムで聖書を買ったのです。正確にいえば、それはギリシャ語で書かれた聖書の写しの一部でした。

私たちは今、聖書を、一冊のまとまった本として、こうして簡単に手にすることができています。しかし、この当時の聖書は、簡単に本屋さんに行けば買えるものではなかったのです。聖書の全ては手で書き写され、しかも創世記なら創世記、申命記なら申命記で、その書物一巻一巻で、大きな巻物になっていました。香里教会の二階の書庫には、目の不自由な方用の点字聖書が保管されています。もし目の不自由な方が礼拝に来られたら、その点字聖書の中からその時の礼拝に合った一巻をお貸しするわけです。ちょうどそういう具合に、当時の聖書も一巻一巻別々にまとめられていたのです。

ですから、当時の聖書は、その一つ一つが貴重な書物であり、その一つでさえ、買うことは困難であったわけです。しかし、彼はそれでも、どうしても聖書を手にしたくて、財産をはたいて、その一冊を買ったわけです。ここにも彼の真剣な思いが現れていると思うのです。

 それでは、この人は、聖書のどの部分を買ったのでしょうか? それは「イザヤ書」であった、というのです。フィリポが天使の導きによって、彼の馬車の傍らに立った時、彼が朗読していたのは、イザヤ書の一節でした。彼が朗読していた箇所が32節以下に記されています。「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している子羊のように、口を開かかない。卑しめられて、その裁きも行わなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」

・・・これはイザヤ書の53章7節、8節の言葉です。ここには、屠殺場に引かれていき、黙って毛を刈られる羊のように、苦しめられ、裁きも行われずに殺されていく人のことが語られています。「主の僕の歌」あるいは「苦難の僕の歌」と言われているところです。注目すべきは、33節に「子孫」という言葉があることです。「卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」・・・この苦難の僕は、命を断たれるがゆえに子孫のことを語りようもない、子孫を持つことができない人だ、と言われているのです。・・・これを読んで、この宦官である、この人は何を思ったでしょうか。これは、まるで自分のことが言われているのではないのか、と、そう思ったのです。この人は、去勢され、子供を得ることができない、子孫を得る望みが全く断たれていたのです。

自分は決して実を結ぶことも、新しい芽を出すことができない枯れ木のような存在だ、彼には、そういう苦しみがあったのです。しかし、ここに引用された、イザヤ書の箇所の少し後、イザヤ書の53章の10節にはこうあるのです。「病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ、彼は自らを償いの 献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは彼の手によって成し遂げられる」。・・・このように、子孫を語ることもできずに殺されたはずのこの人が、子孫が末永く続くのを見る、と約束されているのです。これはどういうことだろうか、子孫を得ることができないはずの者が末永く続く子孫を見るという、自分にとっての大きな希望が、ここには語られているのではないだろうか、しかしこの希望にあずかるにはどうすればよいのだろう、彼はそういう思いを抱いてこの53章を朗読し、理解しようと努力していたのではないかと思うのです。

 そのように希望と慰めを求めて聖書をひも解き、熱心に読んでいる彼に、フィリポは語りかけます。「読んでいることがお分かりになりますか」。宦官は「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言って、彼を馬車に乗せ、傍らに座らせました。こうして、ここに、この人とフィリポの出会いが生まれ、そして、フィリポによる聖書の説き明かし、伝道と信仰の証しが始まるのです。

宦官はこの「苦難の僕」についてフィリポに、「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか」と質問しました。この、いわれのない苦しみを受けて殺され、そのことによって子孫が末永く続くのを見ると約束されている人は誰なのか、それが彼の疑問です。そしてそれは、じっさい、この「苦難の僕の歌」を理解する上で最も大切な問題なのです。そこで35節にありますように、フィリポはこの問いに答えて「聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた」のです。

つまり、この人、苦難の僕と呼ばれている人は、主イエス・キリストのことだ、と明確に答えたのです。「自らは何の罪もないのに、人々の罪を引き受け、捕えられ、裁きを受け、黙って死んでいったこの苦難の僕とは、神様の独り子イエス・キリストのことです。この人が私たちのために身代わりとなって懲らしめを受け、打ち砕かれ、殺されたことによって、罪人である私たちが赦され、神様の民として迎え入れられたのです。イエスさまは、子孫が末永く続くのを見る、と言われているのは、イエスさまを信じる信仰によって、神の民が教会として新しく立てられ、多くの人々がそこに招かれ、迎えられ、新しい神の民が誕生する、ということです。そこには、異邦人や宦官を排除する隔てはもはや何もありません。すべての人の救いは、この主イエス・キリストの十字架の死と、そして復活によって実現しているのです。だから、今やあなたも、このイエスさまによる罪の赦し、贖いの恵みによって、神さまの祈りの家、この教会の喜びの祝いへと招かれています、イエス・キリストを信じる信仰を告白し、洗礼を受けることによって、あなたも、それにあずかることができるのです」。と、フィリポはこのように、イエス・キリストについての福音を告げ知らせたのです。

 この聖書の説き明かしを聞いた宦官は、それまで彼が熱心に求めながら与えられなかった救いが、イエス・キリストにこそあることを示されました。彼が願いながらもどうしても乗り越えることができなかった隔ての壁が、イエスさまによって乗り越えられ、彼を中へと引き入れて下さっていることを知ったのです。それを知ったら、もう居ても立ってもいられません。水のある所に来ると、彼はフィリポに願い出ます。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。彼はこのようにしてイエスさまを信じる信仰を与えられ、それを告白して洗礼を受け、キリストに連なる新しい神の民、教会に加えられたのです。

 彼が洗礼を受けると、主の霊がフィリポを連れ去ったので、宦官はもはやフィリポの姿を見なかった、と39節にあります。彼に聖書を説き明かし、洗礼を授けたとたんに、フィリポは彼の前からいなくなったのです。しかし、彼は「喜びにあふれて旅を続けた」とあります。洗礼を受け、主イエス・キリストの父なる神様の民に連なる者とされた者は喜びにあふれてこの世の旅路を歩んでいきます。異邦人であるがゆえに、神の民とはなれない、いつまでも外側に立って遠くから礼拝をするしかない、あこがれつつも中には入れない者として一生を過ごすしかないと思っていた自分が、神の民となり、礼拝の群れの中に入ることができたのです。また宦官として、子供を持つことができない、子孫を見ることができない、たとえ財産を築いてもそれを遺す者はいない、そういう虚しさの中に、自分は枯れ木だと思っていたのが、主イエスの十字架の死と、それに打ち勝つ復活の恵みにあずかる者、神の子とされ、そして、教会のなかに、主イエスに連なる兄弟姉妹という家族を、息子、娘たちを与えられたのです。その喜びは、何物にも替え難い、また何物によっても奪い去られることのないものなのです。

そしてこの喜びは、たとえその喜びを自分に告げてくれた人が側にいなくなっても失われることのない喜びなのです。フィリポの姿が見えなくなっても、彼の喜びは失われません。み言葉を説き明かし伝える伝道者、証し人の姿は、このようにある意味で、消え去っていってよいのです。この宦官は、聖書を熱心に読んでいましたが、自分ではそれを理解し、福音を正しく聞き取ることができませんでした。手引きしてくれる人が必要だったのです。そこに、聖書を説き明かす者としての伝道者、また証し人の存在する意味があります。しかし伝道者、証し人は、その役目が終れば消え去っていきます。大事なのは伝道者、証し人ではなく、主イエス・キリストなのです。私たちの人間的な様々な影響が消え去っていったところでも、教会に連なる人々が、主イエスの福音の喜びにあふれて旅を続けていく、そこにあるのです。私たちの先輩牧師や、信仰の諸先輩方の姿とは、まさに今フィリポのように私たちの目の前からは消え去っているけれども、私たちをイエスさまにつなげる、大きな役割を果たしていってくださったのです。そのみ跡に私たちも続きたいのです。

 それから、このエチオピア人の宦官は、神様の民に加えられる前には、幾重にも隔てられた外側から、しかし真剣に主を求め、救いを求め、またそのみ言葉に希望を見出して礼拝を守っていました。それは、今この礼拝に集っておられる求道中の方々、まだ洗礼を受けておられない、しかし信仰を求めて、神様との出会いを求めて、あるいは教会の交わりに好意をよせて、集って来られた方々の姿に重なるものです。

主イエス・キリストは、私たち全ての者のために、苦しみを受け、十字架にかかって死んで下さいました。主イエスが受けて下さった苦しみと死とによって、その裂かれた肉と流された血によって、私たちの罪は赦され、神様の恵みの下に生きる神の民の一員へと私たちは招かれています。この招きは人間のどのような条件をも乗り越えるものです。どんな人であっても、どのような罪や汚れを持った、またどのような苦しみや絶望の内にある人でも、主イエスの苦しみと死とによる神様の招きは与えられているのです。あの宦官も、この福音、救いの知らせ、喜びの知らせを聞いて、それを信じ受け入れて、洗礼を受けたのです。この人の故国への帰りの旅は、洗礼を受けたことによって全く新しい、喜びにあふれるものとなりました。私たちの人生の旅も、洗礼を受けることによって確実に新しくなります。神様の民の一人とされ、主イエスとの交わりに生きる、そういう喜びの旅路を共に歩んでいきたいと願います。お祈りいたしましょう。

主なる神さま 私たち一人一人には、それぞれに悲しみや苦しみの壁がありますけれども、その壁を、わたしたちではなく、主イエスが、取り壊し、手を差し伸べ、私たちの傍らに立って、共に生きようと招いてくださっています。そのことを覚え、感謝して、主の愛を受け入れる者となれますように、またその恵みを証しする者となれますように、そして共に喜びにあふれて、信仰の旅を歩むものとならせてください、主のみ名によっていのります。アーメン

category: 礼拝メッセージ

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復活節第3主日礼拝 

2019年5月5日 使徒言行録、第8章 14節-25節
「お金では買えないもの」三ツ本武仁牧師
 
 本日この礼拝においてご一緒に読むみ言葉は、使徒言行録第8章の14節以下です。ここは前回の、フィリポという人がサマリアの町で主イエス・キリストのことを宣べ伝えた、そのサマリア伝道について語られているところの後半です。

 フィリポの伝道によってサマリアの人々は、神の言葉を受け入れました。具体的には、12節にあったように、「フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた」のです。そのようにしてサマリアの町にイエスさまを信じる者たちの群れ、教会が生まれました。そのことを知ったエルサレムの使徒たちが、ペトロとヨハネとをサマリアに派遣した、ということが本日の14節以下に語られています。

ここのところは、さらっと読んでしまえば、それまでなのですけれども、引っかかる人には引っかかる、といいますか、ある大事な問題があります。ペトロとヨハネは、サマリアに下って行き、フィリポからすでに洗礼を受けた人々に、聖霊を授けた、というのです。普通の私たちの理解では、洗礼を授かることは、同時に、聖霊を受けることであるはずです。実際、私たちの洗礼式ではそのことが宣言されています。これを、私たちはどう理解したらよいのでしょうか。

ここの箇所は、実際、少し難しいところでして、教会の教派で、いろいろな読み方がなされるところなのです。例えば、聖霊を受けることを個人的な特別な宗教体験と結びつけようとする人たちは、サマリアの人々がフィリポから受けた洗礼は、ただの形式的な儀式としての洗礼にすぎながった、と受け止めます。そして、それに対してペトロたちが来て手を置いて祈った時に、サマリアの人たちは、はじめて聖霊が自分たちに降るという体験をした、その体験によって彼らは本物の信仰者となった、というのです。つまり、洗礼と聖霊体験を分けて考えるのです。

 またこれとは別に、ここには聖霊を授ける権威は誰にあるかということが語られている、それは、最初の使徒たちのみにあるのだ、と受け止める人たちがいます。フィリポは、ステファノらと共に新たに選び出された奉仕者の一人でした。つまり、最初の使徒たちではないのです。そこで、ある人たちは、聖霊は、あくまでも最初の使徒だけが与えることができるものだ、と使徒の権威を主張するのです。

 このように本日のこの箇所はいろいろに解釈されてきたのですが、私自身は、といいますか、私たち日本基督教団では、今紹介した二つの主張は、どちらも間違っていると考えるのです。一言でいえば、以上の2つはどちらもイエスさまの教えから離れた解釈だといえます。ここで語られている、聖霊の出来事を正しく理解するためには、この箇所を、聖書に従って、またイエスさまの教えに従って、次の3つのポイントから見つめていくことが必要なのです。

第一のポイントは、これが「サマリア伝道」である、ということです。サマリアという場所は、イエスさまが「よいサマリア人のたとえ」を語られましたけれども、ユダヤ人にとって複雑な思いを抱かせる地域でした。サマリアは単純な外国、異邦人の地ではありません。サマリア人はユダヤ人にとっては親戚です。けれども親戚だから仲が良いかというと全くそうではない、歴史的な経緯には、今日は細かく触れませんけれども、サマリア人はユダヤ人と異邦人の混血民族なのです。それはユダヤ人にしてみれば、民族の純血を失った、堕落でした。ですから、ユダヤ人はサマリア人を、ある意味では異邦人以上に嫌い、軽蔑していました。ユダヤ人にとっては、異邦人以上に付き合いたくない相手だったのです。

フィリポはそのサマリアで伝道をし、イエスさまこそ神様の民に約束されていた救い主であると宣べ伝えました。そして、それを信じる信仰者の群れが生まれました。それは単に信仰が他の地域にも広がった、ということではありません。それは、イエスさまの福音が、当時の人々にとって、ユダヤ人とサマリア人との間の、とうてい乗り越えることができないような壁をも、乗り越えていった、ということを、人々に示し、大きな驚きと感動をもたらしたことであったのです。これが、第一のポイントです。

 そこで二番目のポイントは、このようなサマリア伝道をしたフィリポという人の背景、バックグラウンドです。彼は、6章の始めのところで、あのステファノと共に選び出された七人の奉仕者の一人でした。彼ら七人が新たに奉仕者として立てられたのは、教会の中に、ギリシャ語を話すユダヤ人とヘブライ語を話すユダヤ人との間のいさかいが起ったことがきっかけでした。ギリシャ語を話すユダヤ人とは、ユダヤ本国で生まれ育ったのではない、外地生まれのユダヤ人ということです。ユダヤ人は当時地中海沿岸の様々な地域に住んでいました。そういう外地のユダヤ人たちは、当時の共通語だったギリシャ語を主に話すようになっていたのです。そういう外地出身のユダヤ人で、エルサレムに戻って住んでいた人々と、もともとずっとユダヤに住み、従って言葉もユダヤ人の言葉であるヘブライ語のみを話している、言ってみれば生粋のユダヤ人とがいて、そのいわば二種類のユダヤ人のグループの間に、やはり温度差、壁があったわけです。具体的には、ずっとユダヤに住んでいた、ヘブライ語を話すユダヤ人たちのほうが強い立場にあって、外地帰りのギリシャ語を話すユダヤ人たちは弱い立場にあったのです。

ですから、その意味でフィリポが、サマリアに伝道に行ったというのは、わかるような気がするのです。彼自身も、いわゆる生粋のユダヤ人たちからは軽蔑されたり、低く見られたりする経験をしていたのです。そういう差別を受けることを通して、主イエスの福音はそのような人間的な隔てを乗り越えるものであるはずだ、という確信が彼の中に育っていったのではないでしょうか?

とにかくもフィリポは、自分自身の救いの体験から、ユダヤ人とサマリア人を隔て、差別するような思いから解放されていたのです。彼は、ユダヤ人だけが神様の民であるとする民族主義的な感覚から自由になって、イエスさまによる救いの恵みが、サマリア人にも与えられることを信じることができたのです。

じっさいそれこそは神さまのみ心にかなったことだったのです。使徒言行録の1章8節で、イエスさまはこう言っておられました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムはかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」。イエスさまのこのみ言葉は、フィリポの働きによって実現していったのです。

 そして最後の第3のポイントは、今の第2のポイントと深く関連していますけれども、8章の1節に語られていることにあります。そこには次のように語られていました。「その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った」・・・つまり、迫害を受け、散らされて行ったのは、散らされていったのは、実は教会の全員ではなかったのです。それは、使徒たち以外の人々であった、というのです。使徒たちとは、先ほど申しました、ペトロだとか、アンデレだとか、イエスさまの最初の弟子たち、つまり、ヘブライ語を話すユダヤ人であった人々です。彼らは、迫害の中でも、エルサレムに残ることができたのです。これは、普通に考えるならおかしなことです。まず捕まえるなら、教会の中心の使徒たちであるべきでしょう。なのに、なぜ、こんなことが起こったのでしょうか?
それは、ですから、この迫害というのは、実は教会全体に向けられたものではなくて、ギリシャ語を話すユダヤ人たちによる、ギリシャ語を話すクリスチャンたち、に向けてなされた迫害だったのだ、ということです。なぜ? ただでさえ、肩身の狭い立場にあるのに、さらに、変わった信仰を持っている仲間がいると知れたら、自分たちの立場がさらに危なくなるからです。じっさい、ステファノも、ギリシャ語を話すユダヤ人だったわけですが、彼を最高法院に訴えたのは、彼と同じ外地出身の、つまりギリシャ語を話すユダヤ人たちだった、と6章の9節以下では語られていました。

 以上のようなことを考え合わせるならば、初代の教会の中に、ヘブライ語を話すユダヤ人たちの群れと、ギリシャ語を話すユダヤ人たちの群れとがあり、サマリア人や異邦人たちへの伝道はもっぱら後者によってなされていったという事情が見えてくるのです。また、そのようにして、エルサレムには使徒たちを中心とする教会が依然として健在であったことも納得できるのです。そして、だとするならば、本日の14節以下の出来事、ペトロとヨハネが、サマリアを訪れ、既にフィリポによって洗礼を受けた人々に、聖霊を授けた、という出来事は何を意味するのか、それは、彼らが、フィリポにかわって、本当の聖霊を授けたとか、新しく聖霊を授けた、ということではなく、彼らは、エルサレムの教会と、サマリアに生まれた教会が、同じ一つの教会である、ということ、同じ神の家族である、ということ、教会の一致ということを、確認し、また宣言したのです。

それは、また聖霊の働きとはどういうものであるか、ということを考える上でも重要なことです。聖霊はイエスさまの霊です。そのイエスさまの霊は自分たちだけが所有している、と考える時、もはや働いてはくださらないのです。イエスさまは、全ての人を分け隔てなく交わりに招かれた方です。自分たちもイエスさまを信じている、あの人たちもイエスさまを信じている、そこで共に互いを認め合う、その交わりの中にこそ、聖霊は本当の意味で働いてくださるのです。

このことこそ、使徒言行録全体を貫いている大事なテーマです。主イエス・キリストの教会は、エルサレムで、ユダヤ人たちの群れとして生まれました。しかし、その群れは次第にユダヤ人という枠を越えて、サマリア人にも、そしてさらに異邦人たちにも広がっていきました。主イエス・キリストによる救いは、ユダヤ民族にのみ与えられるのではなく、主イエスを信じる信仰において全ての異邦人たちにも広められていったのです。しかしそのことは自然にそうなったのではありません。ユダヤ人が、自分たちこそ神の民であるという思いを捨てて、主イエスへの信仰というただ一つの絆によって全ての異邦人と共に一つの教会に連なる者となるためには、乗り越えなければならない壁がいくつもあったのです。教会は、聖霊のお働きによってその壁を一つ一つ乗り越えていきました。その記録が使徒言行録です。使徒言行録は、様々な人間的な違いや対立が、聖霊の働きによって乗り越えられていった、その記録でもあるのです。

そして、その聖霊は、今の私たちの間にも、様々な壁を乗り越えていく力として、そういう本当の喜びと伝道の力として働いていて下さっている、働こうとされておられるのです。そこで大事なことは、私たちが、聖霊は私のもの、私たちだけのもの、と考えてはならないということです、たとえば、健康の人、成功している人、この世的に幸福な人だけに聖霊は働くとか、またそうではない反対のつらい思いをしている人だけに聖霊は働いてくださる、というのではなくて、その両方を、共に一つとしてくださる、違うもの同士が共に生きていくことのできる力として、聖霊は働いてくださるのです。そして、そこに豊かな伝道がなされていくのです。

 このことに関係することして、前回に引き続き、今日のところにも、シモンという魔術師が出てきます。彼は魔術を使っていろいろ不思議なことをして見せ、サマリアの人々を驚かせて自分を偉大な者と思わせ、影響力を及ぼしていました。しかしフィリポが来てイエスさまの福音を宣べ伝え、彼のように、自分の偉大さを示すためではなく、神様のご支配と主イエスによる救いの恵みの印としての奇跡を行うと、サマリアの人々は皆フィリポについていくようになりました。

主イエスの福音は人を本当に生かすものですから、自分の力を誇示するだけの魔術よりも、はるかに魅力があるのです。シモン自身も、フィリポにはかなわないと感じて、洗礼を受け、フィリポにつき従うようになりました。しかしそれは、イエスさまを信じ、主イエスに従う者となったと言うよりも、フィリポの奇跡の力の秘密はどこにあるのか、どうしたらそんな力を自分も持てるのだろうか、という下心によるものだったようです。エルサレムからペトロとヨハネが来て、手を置いて祈ると人々に聖霊が降ったのを見て、シモンは、フィリポの力の秘密が分かったと思いました。それはどうも聖霊というものの力によるらしい。そして、手を置いて祈ると聖霊が降るこのペトロとヨハネという人々は、フィリポよりもさらに上手の力ある人々だ、と彼は思いました。そこで彼はペトロたちのところに金を持って来て、「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください」と頼んだのです。
 まず、ここで問題なのは、シモンが、自分が聖霊を自由に人に与えることができるようになりたい、と思っていることです。つまり、彼は、聖霊を自分の持ち物のように所有したいと言っているのです。これがひどい間違いであることは誰でも分かるでしょう。でも、じっさいには、私たちも案外それと同じことを願ったり、考えたりしてしまうことがあるのではないでしょうか。

 シモンのもう一つの問題は、彼は、聖霊を人に授ける力を求めたけれども、自分自身に聖霊が与えられることを求めていない、ということです。これは第一の問題と密接につながっています。聖霊を所有したいと思う時に、私たちが求めているのは、聖霊を、あるいは神様の力を、自分のために利用することであって、聖霊によって自分が新しくされること、変えられること、つまり自分に本当に聖霊が働くことは求めていないのです。私たちも、聖霊の働き、神様の力を、自分の思っているあのことこのことのために、この悩み、あの苦しみの解決のために用いたいと思ってはいても、本当に自分が聖霊を受け、それによって変えられ、新しくされ、主イエス・キリストの救いを受け、主イエスに従う者となることは求めていない、ということがあるのではないでしょうか。それはしかし、このシモンと同じ間違いに陥っていることなのです。

つまり、聖霊を受けるというのは、何よりも自分自身が変えられることなのです。キリスト者として生きるとは、くり返し、変えられながら生きる、ということです。変化を恐れない、ということです。弟子たちは失敗のあとに、復活の主と出会ったのです。それはある意味で、失敗を通して新しくされた、ということです。聖霊を受けるとは、わかりやすくいえばそういうことです。失敗を通して私たちが、新しく変えられていく、それが聖霊の働きなのです。

 聖霊は、私たちが自分のものとして所有したり、自分の目的のために利用できるようなものではありません。聖霊こそは、私たちを所有しているのです、神さまが私たちのものなのではなく、私たちが神さまのものなのです。そして、その神さまの、聖霊のお働きと導きによって、私たちは新しくされ、造り変えられていくのです。その聖霊のご支配と導きによって、私たちは今、この礼拝に招かれ、導かれて、主イエス・キリストによる神様の救いの恵みにあずかっています。その恵みはお金を払って買うことはできません。神様はただ主イエス・キリストの十字架の死と復活によって、その救いの恵みを与えて下さるのです。

私たちは聖霊の働きを信じて、その救いの恵みを私にも与えて下さいと願うのです。その時聖霊が、私たちの心の中にあるいろいろな壁を取り除いて下さいます。私たちが、神様に対しても隣人に対しても身構えて自分を守ろうとして築いている壁が打ち砕かれて、聖霊による一致が、神様と私たちの間に、そして私たちと隣人との間に実現していくのです。私たちはそのようにして信仰を与えられ、主イエス・キリストの体である教会の枝として生かされていきます。そのようにして私たちは、使徒言行録の続きを生きていくのです。お祈りいたしましょう。

主なる神さま、あなたがイエスさまを通して、聖霊を与えてくださっていますことを感謝します。聖霊は、私たちの目に見えませんけれども、私たちをまことに生かしてくださるあなたと、あなたの御言葉であるイエスさまと、一つの方です。つい、わたしたちは、自分中心に陥り、自分とは違うものを拒み、気の合うものだけで生きていこうとしてしまうものでありますけれども、あなたは、わたしたちが、世界のすべての人と共に生きていく道を、イエスさまによって、そして聖霊を通して開いてくださっていること、また、そのような交わりにこそ、わたしたちのまことの命があることを覚え、主に従い、違いを乗り越え、和解と平和に生きるものとならせてください。主のみなによって祈ります。アーメン

category: 礼拝メッセージ

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復活節第2主日礼拝 

2019年4月28日(日)使徒言行録、第8章 1節-13節
「迷信からの解放」三ツ本武仁牧師

 先週、私たちはイースター合同礼拝を守り、イエスさまのご復活の喜びを共にすることができました。イエスさまのご復活の喜びこそは、キリスト教の、私たちの信仰の中心にあるものです。では、イエスさまのご復活とは何か、ということで3つのことがいえると思います。1つは、神さまが、わたしたちを愛してくださっている、ということです。神は愛なり、という聖書の大事な言葉がありますけれども、イエスさまが復活され、御自分を見捨てて逃げてしまった、弟子たちと再び出会ってくださった、そこには、神さまの、失敗も罪をも赦してくださる、限りない私たちへの愛が示されています。

2つ目は、死から復活された、ということですから、復活とは、死への勝利ということです。私たちは死というものを恐れています。いまは医学が発展して簡単に死ねない時代になった、といいますけれども、しかし、それだからといって、死への恐れがなくなった、ということはありません。いや、むしろ、ますます死というものは得体の知れない、恐ろしいものになってしまっているようにさえ思います。しかし、イエスさまがその身を持って示してくださったのは、イエスさまがその死に打ち勝ってくださった、ということです。死を超えて、永遠の命に生きるものへと、イエスさまは、私たちを導いてくださるのです。だから、その意味で私たちは天国を信じて、安心して、死を迎えることができるのです。

そして3つ目は、関係の回復ということです。死に象徴されているものは、そこで、関係が終わる、ということです。ある人が死ぬとき、私たちは、もう生きて、その人とは会えない、ということを経験します。ですから、死は関係の終わりだと、私たちは思うのです。しかし、イエスさまは、死から復活されて、再び弟子たちと会ってくださいました。イエスさまは死を超えて、再び、弟子たちと愛の関係を持ってくださったのです。ですから、イエスさまの復活は、関係の回復を意味しています。イエスさまを信じて生きる、ということは、全て終わってしまった関係が、また、私たちが自分で切ってしまった関係が、まだ生きていること、まだつながっていることを信じることです。しかも、それは、イエスさまによって、万事が益となるように、新しく、つないでいただいている関係です。ですから、私たちは、目に見える人との関係も、目に見えない人との関係も、すべては主にゆだねて、平和と和解を祈り願いつつ、またそのことを目指して、生きていくのです。

神さまがわたしたちを愛してくださっていること、死を超えた永遠の命を約束してくださっていること、そして、あらゆる関係は、主の平和のうちに、万事が益となるように、つながっていること、この3つが、イエスさまの復活によって、私たちに恵み与えられたことなのです。

そのような復活の喜びに、私たちはあずかっているわけですけれども、今私たちの礼拝では、その中で、最初の教会の伝道の歩みを記録する、使徒言行録を読み進めています。1900年以上前に、復活されたイエス様を信じる人たちが、教会として歩みだした、その場所はエルサレムでした。最初は、イエス様の弟子たちを中心とする、一つの部屋に入り切るぐらいの小さな群れでした。それは、今この教会に集まっている人の数よりも少なかったのです。でもその人たちがイエス様のことを信じて、神様から聖霊の力をいただいて、周りの人たちにイエス様のことを伝えていき、その伝道によって、教会はどんどん大きくなっていきました。沢山の人がイエス様を信じて教会に集まるようになってったのです。

でも、その歩みは決して、順調なことばかりではありませんでした。イエス様を信じようとしない人たちも沢山いて、特にエルサレムで人々を指導していたユダヤの偉い人たちは、教会に人が沢山集まるようになるのを見て、こんな教えはけしからん、教会なんてつぶしてしまえ、と、邪魔をし始めたのです。そして、イエス様のことを一生懸命人々に伝えていたステファノを捕まえて、石を投げつけて撃ち殺してしまったのです。ステファノは、イエス様を信じたために殺された最初の人になりました。そしてこのことをきっかけにして、エルサレムの町で、イエスを信じている人を捕まえて殺してしまおう、という大きな騒ぎが起こったのです。教会に集まっていた人たちは、エルサレムにいることができなくなって、逃げ出さなければならなくなったのです。せっかく順調に成長してきた教会が、散り散りばらばらになってしまったのです。

 でも、それで教会がなくなってしまったか、といえば、決してそうはならなかったのです。今日の4節には、「さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」とあります。エルサレムからあちこちに散らされていった人たちは、行った先々で、「福音を告げ知らせ」たのです。福音というのは、最初に申しましたように、イエス様の復活の喜びの知らせです。そして、そこに与えられた、私たちの救いの喜びの知らせのことです。散らされていった人たちは、この福音を伝えていったのです。それによって、あっちの町にもこっちの町にも、イエス様を信じる人たちが起こされていったのです。それまではエルサレムだけにあった教会が、このことによって、かえって沢山の町へと広がっていったのです。これはとても不思議なことです。イエスなんか信じているやつはけしからん、教会なんてつぶしてしまえ、という反対や攻撃を受けて、エルサレムにいられなくなってしまった、ということがきっかけになって、かえって広い地域の人たちがイエス様のことを知るようになり、教会があちこちに広がっていったのです。

普通なら、そういう反対や攻撃を受けると、元気がなくなり、力も弱って、集まる人も減ってしまう、ということが起こります。そして下手をすれば、そのまま消えてなくなってしまうかもしれません。教会も、この世から消えてなくなってしまっても不思議ではなかったのです。ところが逆に、このことによって教会はかえって成長していきました。イエス様を信じる信仰が広められていきました。それはもう、人間の力によることではありません。神さまの力、イエスさまの力、聖霊の力が、そこに働いて下さった、ということです。教会は、そもそも、その神の力、聖霊の力によって生まれたのです。そして、いまも聖霊のお働きによって守られ、導かれているのです。私たちは、このことを見失ってはなりません。私たちではなく、聖霊が教会を守り導いてくださるのです。

 世界のキリストの教会の、もうじき2000年になる歩みは、この神様の力、聖霊のお力と働きによって支えられ、導かれてきたものです。その間に、いろいろな大変なこと、危機がありました。人間の思いや感じでは、いったいどうなってしまうのだろう、もうだめだ、と思うようなことがいくつもあったのです。でも、そのたびに、神様は聖霊のお働きによって教会を守り、支えて下さいました。それはこの香里教会の70年の歩みも同じではないでしょうか。香里教会も、この70年の間に、いろいろな大変なことがありました。土地の問題、教会の行き方をめぐる意見の違いから、教会が真っ二つに分裂してしまったことがありました。当時の教会の人々の多くが、この教会を出ていってしまったのです。

このことは、香里教会の歩みの中で、一番大きな危機、悲しみの出来事であったといえます。70年の歴史を振り返れば、その他にもいろいろなことがあります。いったいどうなってしまうのだろう、と思わずにはおれなかったことが沢山あるのです。けれども、教会はやはり、神様が、聖霊によって守り導いていて下さっているものです。数々の危機や苦しみがあったけれども、今年こうして創立70周年を守ることができているのは、ただただ神様の恵みとして感謝するしかありません。

 さて、使徒言行録に戻りますと、エルサレムから散らされていった人々の中に、フィリポという人がいました。この人が、サマリアの町でイエス様のことを伝えました。聖霊が共に働いて下さったので、フィリポは、汚れた霊につかれた人や病気の人を癒すというすばらしい働きをすることができました。町の人たちはとても喜んで彼の語るイエス様のお話しを聞くようになったのです。

 このサマリアの町に、シモンという魔術師がいました。この人は、9節にあるように、「魔術を使ってサマリアの人々を驚かせ、偉大な人物と自称して」いました。魔術というのは、要するにいろいろと不思議なことをする力です。手を触れないで物を動かしたり、見えないはずのものが見えたり、知らないはずのことを言い当てたり、あるいは、死んでしまったはずの人の声を語ったり、その他いろいろなことがあります。そういうことは、テレビなどでよくやっていますから、皆さんも一度は、見聞きしたことがあるのではないでしょうか。普通には出来ないようなことをして見せることで、みんなを驚かせて、この人は特別な力を持っている、と思わせていく、それが魔術師というものです。日本にもそういう人は沢山いるのです。

 フィリポも、今言いましたように、病気を癒したり、という不思議なことをしていました。それなら、フィリポも魔術師と同じではないのか、と思うかもしれません。でもフィリポは魔術師ではありません。どこが違うのでしょうか。それは、フィリポがあくまでも、12節にもあるように、「神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせ」ていた、ということ、そして、その神様とイエス・キリストのみ名によって不思議な業をしていた、ということにあるといえます。ですから、フィリポは、「私は病気をなおす大きな力を持っているんだ」などとは言わなかったのです。あくまでも、彼は、その業は、私たちの罪のために十字架に死に、そして復活されたイエスさまと、その父なる神さまによるものだと、人々の目を、イエスさまに向けさせたのです。しかしシモンは、不思議な業をすることによって、自分は偉大な人物なのだと言っていたのです。つまりシモンは神様の力を現わすのではなく、それを自分の力だと、自分を誇示して、人々を驚かせ、人々を自分に従わせていたのです。

 町の人々はそれまで、シモンの魔術に驚き、この人はすごい、と思って彼の言うことを聞いていました。けれども、フィリポが来て、イエス様のことを伝え、神様の力によってすばらしい働きをするのを見ると、目が覚めたのです。今まですごいと思って感心していたシモンの魔術が、急に色あせて見えるようになったのです。

 フィリポの教えを聞いた人たちは、男も女も洗礼を受けました。洗礼を受けるというのは、イエス様を信じる者になって、教会に加わるということです。シモン自身すらも、「フィリポにはとてもかなわない」と思って洗礼を受けました。このことは、イエス様の福音が告げ知らせられ、教会が生まれるところには、魔術からの、迷信からの解放が起こる、ということを示しています。私たちは、イエス様によって与えられる神様の救いの恵みにふれる時、人を驚かせて自分を偉い者であるように思い込ませる魔術にもう引きずられることがなくなるのです。

私たちの周りにも、いろいろな魔術、迷信があります。一番身近にあるのはいろいろな占いのたぐいではないでしょうか? 星占い、手相占い、それから、名前の漢字でその人を占う、姓名判断というのもあります。そういうものは全て、今日のこのシモンの魔術、迷信の仲間なのです。それから、ある意味で、そういう世の迷信以上に問題なのは、まさにシモンがそうであったように、自分に与えられた力を、自分自身の力、自分のもの、自分の自由にできるものだと考え、そして、そういう思いで、力を求めていく、という、そういう自分中心という迷信であり、そういう宗教だといえます。じっさい、世の中は今も昔も、そういうご利益宗教、ご利益的な迷信で満ちているのです。けれども、これは決して、クリスチャンである私たちにはもう関係がない、とは言い切れません。私たちも、本当の意味でイエスさまを仰ぐことを忘れてしまうならば、つまり、私たちの罪のために死んでくださり、そして私たちをまことに生かすために復活してくださったイエスさまを見失うならば、名ばかりのクリスチャンになってしまうのです。

マザー・テレサは、「自己からの解放を求める祈り」という、次のような祈りによって、わたしたちに、その問題とそこから抜け出すための祈りの大切さを教えてくれています。それはこんな祈りです。

主よ、わたしは信じきっていました。わたしの心が愛にみなぎっていると。
でも、胸に手を当ててみて、本音に気づかされました。わたしが愛していたのは他人ではなく、自分であったという事実に。主よ、わたしが自分自身から解放されますように。 
主よ、わたしは思いこんでいました。わたしは与えるべきことは何でも与えていたと。
でも、胸に手を当ててみて、真実がわかったのです。わたしのほうこそ与えられていたのだと。主よ、わたしが自分自身から解放されますように。 
主よ、わたしは信じきっていました。自分は貧しい者であると。でも、胸に手を当ててみて本音に気づかされました。実は思い上がりとねたみの心に、自分はふくれあがっていたことを。主よ、わたしが自分自身から解放されますように。 
主よ、お願いいたします。どうかわたしを、あなたの中にのみ、真の幸いを見いだすものとならせてください。

マザー・テレサはそのように祈るのです。十字架と復活の主イエス・キリストを信じるとき、そしてそのイエス・キリストに素直に心を向けて、祈るときにこそ、私たちは、聖霊に満たされ、世の様々な迷信から、そして何よりも、自分中心という迷信から、救われるのです。

 世界の教会は、2000年にわたって、この聖霊によって、守られ、導かれてきました。いろいろな危機、もうだめじゃないか、と思われるようなことがいくつもありましたが、主の十字架と復活のもとに心を一つにしていくなかで、神様は、くり返し、教会を憐れみ、聖霊を送ってくださり、今日まで、守り導いて下さったのです。香里教会の70年の歩みも同じです。私たちは、今も、天地の全てを造り、み子イエス・キリストを十字架につけてまで私たちを愛して下さり、そして、その御子を復活させて、わたしたちに永遠の命を約束してくださった神様のご支配と、守りと、導きの下にいるのです。ですから、どんなときも、何があっても、十字架と復活の主に立ち返ること、このことを第一として、これからも共に歩んでいきたいと願います。お祈りいたしましょう。

 主なる神さま イースターの喜びの中、わたしたちは、最初の教会が、様々な困難を経験しながらも、その中を聖霊に導かれて進んでいったこと、そこで全てが益となり、教会の伝道が豊かに進められていったことを知ることができ、慰めと励ましをいただくものであります。また、世の様々な迷信は、今も昔も、自分中心の思いのなかで、また自分に与えられた力を、自分の力だと思い込むなかで、求められ広められているものであること、それに対して、イエス・キリストの福音は、まさに、そのような自分中心の思いから、わたしたちを解き放ち、神さまを主と仰ぐ、そこに与えられる本当の自由と喜びへと、わたしたちを導いてくださるものであることを示され感謝いたします。70周年を迎えた香里教会の群れが、いま、まことの復活信仰に生きて、共に豊か教会生活を歩んでいくことができますように、豊かな伝道をなしていくことができますように、そして、このあともたれます教区総会にあなたの守りと導きがありますように、聖霊のお力をお与えください。主のみ名によっていのります。アーメン
 

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